2025/8/15
|
|
自分の父親亡くなった理由判明 |
|
どこの家も、先代のなくなった年が自分の亡くなる時期と重なる ブラジルの弟に親父の亡くなったことを教えてもらう 話の内容からして老衰で亡くなってはいない、熱中症で亡くなったみたい ブラジルは暑い国だから、御飯に塩を入れて炊き、しょっぱくて食えない しかし彼らは食べている、そうしないと暑い国だから体がもたないのである 私の父は戦後ヤミ米を買いに福島へ、帰りに私の母となる人物を連れてくる しかし、当時の日本は、まだ家柄や生い立ちを重視する世間態 当時の私の父の考えを受け入れる、世間と家族状態ではない。 家族から、大反対されたそうです、 そんな中、私が生まれる、初孫で喜ばれたみたいで、この子は日本で育てる お前達は、ブラジルに行けとの命令、私が3歳の頃の出来事 ここから日本とブラジルの兄弟の違いが発生する。 私はジジ、ババに育てられて、小学4年で横浜のおばさんに引き取られ、独立現在に至る 終戦後の日本は、戦争でお金も物も不足で、人を減らさないと国が潰れる財政状況 移民とゆう、手を使って、ある意味嘘を言い海外戦略で人減らしをしました 移民必要な費用は国が払ってくれたので、希望すれば誰でも行けた時代です。 当時の日本は未来の見えない暗い時代で移民先の成功を夢見る人達は、 到着して希望を打ち砕かれ、クソみたいな、土地をあてがわれて 苦労の連続だったみたいです。 再び日本に帰った人もいたみたいですがお金がないので、あきらめた人も多くいると聞いています、ブラジルには日本人が開拓した町があります、今は立派になっています。 その中の一人が私の父です、横浜から船に乗ってブラジルへ日本人4人で移民 過酷な生活が待っているとは知らずに...... しかし苦労して、ブラジルでは4人の男の子に恵まれ育て上げて、 日本の私を含めて5人です、75歳で父は亡くなりました。 母は95歳まで生きて、やはり亡くなりましたが、大往生です 私も父が亡くなった年に近づき、あと3年の命かと思いましたが 亡くなった理由が熱中症なら、まだ私も生きられると、また元気になりましたよ 年を取ると体の感知する能力が落ちて、脱水になりやすく、熱中症が起きやすい 皮肉なことに、1人の兄弟をブラジルに残して、あと全員日本に住んでいます。 現地家族はブラジル、お父さんだけ日本とゆう離れ離れの生活です、 私の兄弟は家族に、毎月お金を送っています。 日本で家を買った子供もいます、2世3世ですが、現地日本人と結婚して、血統は 純正の日本人です、国籍のみブラジルですが、これも戦争が招いた時代の後遺症です。 もう危ないブラジルに帰りたくないと言っています。
|
|